過食嘔吐の経過・初期の身体と精神状態
過食が進む中で、過食嘔吐を覚えてから一気に体調が悪くなりました。
私自身の体験から言うと、摂食障害の初期に経験者の体験談を聞いたり読んだりすることは、あまりいい影響を与えないのではないかと考えます。
これを読んでいる方で、もし迷っている方がいらしたら。
経験者の体験談よりは、専門外来のある医療機関できちんと診療を受けることをおすすめします。
下剤
最初は食べつづけるばかりだった私に転機が訪れたのは、知人の言葉でした。
彼女はなんのためらいもなく自分が過食症であることを私に告げました。
どうしてそんな話になったのかはよく覚えていないのですが、おそらく私が彼女に、「最近暴飲暴食で太っちゃって…」というようなことを先に言ったのだろうと思います。
彼女は私の手に2つの小さな袋を握らせました。下剤のサンプルでした。
「食べ過ぎたと思ったら、それを飲んで出しちゃえばいいのよ。その薬、すごくよく効くよ。また要るときは言って」
悪魔のささやきでした。
私はその日安心してクッキーの大袋を平らげ、期待まんまんでその薬を飲みました。
数時間後に、たちまち腹痛が起こり、半日近くトイレに通いつづけました。
おなかは痛いし、強い薬で気分も悪いのに、ものすごい安心感と爽快感がありました。
「これを飲めば、もう太らなくってすむんだ」
けれど悪魔はそんなにやさしくはありませんでした。
下剤から減肥茶へ
そのうちに、下剤も役に立たなくなりました。
おなかはきりきり痛くなるものの、便はほんの少ししか出ません。
しかも、さらに体重が増えているような気がします。
そこで、別の方法を考えました。
下剤をいろいろ試すと同時に、高価な減肥茶を買って飲んでみました。
最初の3日間はこのお茶とおかゆだけしか食べるなと書いてあったので、その通りにします。
ひどい味のお茶を必要以上に濃く煮出して、大量に飲みました。
1週間は上々でした。
気分が高揚して、その間はなぜか暴食が止まっていました。
ずっとおなかを下しているおかげか、ウエストあたりが痩せてきたように思えました。
体調不良から引きこもりへ
一方、体はずっとだるく、頭はぼうっとしています。
1週間目を過ぎると、あまりのだるさに部屋から出ることができなくなりました。
電話にさえ出られない。
1週間たったら普通の食事にするようにと書いてあるにもかかわらず、おかゆとお茶だけを通したのがまずかったのかもしれません。
回る天井を見上げながら、私はベッドの上でぼんやりと、どれだけ痩せただろうか、と考えていました。
しかし、何も食べていないわりには、思ったほど劇的には体重は減っていかなかったのです。
食欲のリバウンド
やがて反動がきました。
猛烈に「食べたい」という衝動が私を襲いました。
自分のおなかを見下ろし、少し痩せていることを確かめ、少しくらいならいいだろう、と自分自身に許可を出しました。
格好など気にせず、急いでお菓子を買いに走りました。
大量の甘いものを買っていることを知られないように、店をはしごしながら。
ケーキ、プリン、ポテトチップ、パン、クッキー…。いくつも袋が増えていきます。
しばらくの絶食のせいか、いつもの量をおなかにおさめても満足できませんでした。
胃袋がきゅうきゅう悲鳴を上げるくらいまで詰め込みました。
口に入れて咀嚼しても、もう味さえ感じない。
ただ、噛み、飲みこむということにだけ無意識の快感を感じます。
でも、もう限界。おなかを押さえつけたら吐いてしまいそうです。
吐く…。
そうだ吐けばいいんだ、と私は神の啓示を授かった信徒のように晴れ晴れしくその思いつきを胸の中で繰り返しました。
過食嘔吐の習慣化
髪を後ろに束ね、腕まくりをし、便座の前に立ちました。
指を入れるのはなんだか恐ろしかったので歯ブラシの柄のほうを喉に突っ込んでみると、思ったより簡単に、かつて食べ物であったものたちは私の体内から逆流してきました。
一段落すると、水をコップ3杯ほど飲んで、また再開。
下剤を手渡された時と同じくらい嬉しさが胸にこみ上げました。
これで解決した、とほっとしました。
ここで、私がどれだけの量食べて、どれだけの頻度で、どのような方法で嘔吐し、「浄化」していたのかはあまり詳しく書きません。
かつて私も、太らずにすむためのあらゆる方法を知りたがり、実行しようとしましたが、負の情報を知れば知るほど、「どうやって過食を止めるか」という根本的な問題からますます離れていったからです。
過食・嘔吐・下剤・絶食の無限ループ
過食と嘔吐、下剤の服用はそれからも続きました。
下剤はだんだん効かなくなったので、吐きたりない、ずいぶん胃の中に吐き残していると感じたときにだけ使用しました。
喉も刺激に強くなったのか、歯ブラシを入れただけでは、簡単に吐き気をもよおさなくなりました。
吐くために喉に突っ込む歯ブラシの当たる部分が硬くなり、たびたび胃液に晒される歯は、白から透明になっていきました。
次第に漠然とした不安が常に胸に影を落とすようになり、その不安がさらに過食の頻度を増やします。
無気力化
外出の時間はほとんどなくなり、昼と夜の区別もつかなくなっていきました。
食べて、吐き、吐き疲れて、倒れたまま眠りこむ。
目を覚まし、しばらくすると食べたい衝動にとりつかれ、また胃にものを詰め込む。
ものがなければこっそりと買いに出る。
こっそりと、何軒もまわり、「これぐらい買えば3日は持つ」と胸をなでおろしながら。
ときには帰る途中にもう食べ始めています。
冷静に軽蔑してくるもう一人の私
食べ始めると徐々に頭の中が霧がかかったようにぼんやりしてくるのです。
胃のところに扉があって、食べたものをそこから掻き出せるようにすればいいんだとか、
今度吐くときは頑張って、この前食べた分の残りも出そう、などと真剣に考えている自分がいました。
そんな自分を滑稽だと笑う、もう一人の自分がいます。
いつまでたってもこの衝動を押さえきれないばかりか、エスカレートしている自分にとてつもない嫌悪を感じているもうひとりの自分。
人に会うことを恐れる
しじゅう吐いて疲れているし、肌の状態もすさまじく人に会える状態ではないので、誰が来ても居留守を使い、電話にも出なくなりました。
吐く音が隣のバスルームに漏れないように、いつもシャワーを出しながら吐く。
食べるものがなくなれば、比較的好きな味のものであればなんでも口に入れることになります。
顆粒のコンソメ、グラニュー糖、インスタントラーメンをそのまま、家に食べるものがないときは、小麦粉に砂糖と卵をぶちこんでフライパンで焼き、焼けた端から口に入れる。
生理は不順になり、肌はがさがさ、目の下からは濃いくまが消えなくなりました。
右手の中指には「吐きダコ」ができ、顎の関節ははずれやすくなり、胃はいつでも胃液を逆流させようとする筋肉運動をしていました。
過食、下剤の服用に嘔吐が加わってからの、私の生活は大きく変わりました。
それまでは、比較的男性女性かかわらず飲み友達、遊び友達の多かったのが嘘のように、頻繁に連絡をとる友人が減りました。
会うこと、話すことを私から避けるようになりました。
とじこもり
あやしい減肥茶の服用により、意識も朦朧とするようになってから、ほとんど部屋から出なくなりました。
当然、社会生活にも影響が出ます。それを恥じる気持ちがさらに、過食に拍車をかけました。
電話にも来客のベルにも応じず、テレビの音を小さくして身をひそめていました。
どうしても外出しなくてはならないときは、家に帰る途中にどこで何を買おう、帰ったら思いきり食べまくろう、と頭のどこかで、いつもものを考えているところとは違う脳の部分で、とりつかれたように考えているのでした。
食料の調達への情熱
大量に甘いもの、ジャンクフードを買い込む人間だと、店員に覚えられるのがいやで、あちこちのお店をはしごして食料を買いつづけました。
悪循環に慣れてくるにしたがって、どれが吐きやすいか、何は吐きづらいか、どういう順番で食べたら吐きやすく、食べたもの全てを吐き出せるか、というようなことを考えるようになりました。
過食を誘発するもの、過食に欠かせない食べ物は、生クリーム系、ポテトチップ系、チョコレート系の3種類。
それらと、それ以外の食べ物をうまく、自分なりの理由で組み合わせながら順番を決めて食べます。
何も食べるものがなくなると、家の中をひっくり返してでも口に入れられるものを探します。
インスタントラーメンもそのままかじる。ふりかけもチューブのピーナツバターも口の中に直接流し込む。小麦粉を水や卵で溶かし、焼きながら焼けた順に食べていく。
脳が正常に判断できなくなる
過食の日々が長く続くと、思うように吐けなくなることがあります。
吐き出し切ってないかもしれないという不安が、下剤を飲ませ、それでも満足せず、やがて食べ物を口にしなくなります。
過食の繰り返しで疲れきっている体は、放っておけば何時間でも眠りを貪りつづけます。
目を覚ましても、ぼんやりとまどろみ、あるいはおもしろい小説にこのときとばかりに熱中し、再び眠りの世界に戻れば、物を食べずにすむし、体力も使わなくてすみました。
一時的には誰かの「アドバイス」で、「煙草を吸えば食欲がなくなる」と聞き、吸ってみたこともありましたが、ご想像の通り、かえって逆効果でした。
喫煙のあとで口の中に残る嫌な味を消すために、また何かを食べてしまいます。
結局、過食のために、喫煙という悪癖まで加わってしまいました。
思考停止状態への依存
物を食べない絶食の時期が終わりを告げると、前よりいくらかパワーアップした過食が私を待ち構えます。
今ならよくわかるのです。
拒食している私は、無意識の内に、来るべき過食の時期を心待ちにしていること。
「もう二度と食べない」のではなく、次の過食の波が来るのを自虐的な喜びに胸を振るわせながら待ち望んでいること。
何度もいうように、悪循環に拍車がかかればかかるほど、朦朧とした頭で考えるのは、「どうすればこの悪習からのがれられるのか」ではなく、「どうすれば効率よく吐き出せるか」という一点に絞られていきます。他の一切の、生活に必要な事項は考慮の外になってしまいます。
それから抜け出すきっかけになったのは一冊の本でした。
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